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福岡地方裁判所 昭和38年(行)5号 判決

福岡市薬院塩入町二二番地

原告

坂井義夫

福岡県久留米市

被告

久留米税務署長

遠藤建太

右指定代理人訟務部付検事

高橋正

法務事務官 塚田尚徳

法務事務官 東熙

大蔵事務官 大神哲成

山本保美

小林淳

右当事者間の所得税審査決定取消請求事件について当裁判所は次のとおり判決する。

主文

被告が原告に対し昭和三九年三月一六日なした、原告の昭和三五年度分所得税についての更正処分および無申告加算税の賦課決定を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当時者双方が求めた裁判

原告

主文同旨の判決

被告

「1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決。

第二、当事者双方の主張

原告

(請求原因)

一、(1) 被告は、原告に対し昭和三七年一月一〇日、原告の昭和三五年度の所得および所得税について別紙(一)の第一欄記載のとおりの決定をなして原告に通知した。

(2) そこで、原告が被告に対し、右の決定について再調査の請求をしたところ、昭和三八年五月一七日福岡国税局長は別紙(一)第二欄記載のとおりの裁決をなしてその旨原告に通知した。

(3) 更に、昭和三八年一二月二五日福岡国税局長は別紙(一)第三欄記載のとおり右裁決を取り消したうえ原告の審査請求を棄却する旨の決定をして原告に通知した。

(4) 被告は昭和三九年三月一六日、別紙(一)第四欄記載のとおりの更正処分(以下本件更正処分と略称する)をしてその旨原告に通知した。

二、しかし、本件更正処分は、(イ)原告が被告に対して損失申告書を提出したにもかかわらず、申告がなされなかつたものとして青色申告書を提出した場合の特典である貸倒れ準備金および青色専従者給与額の経費算入を認めず、かつ、無申告加算税を課している点、(ロ)昭和三五年度において損失を生じたにもかかわらず、総所得金額が金四〇万四、五七七円であるとした点および(ハ)同年度において本件更正処分のとおりの所得があつたとしても所得税法第二八条、同条の二ただし書を適用して、昭和三四年度分の損失額金二六三万一、〇七〇円の繰入控除、扶養控除一〇万円その他社会保険料等の控除をすべきであつたにもかかわらず、これをなさなかつた点で違法な処分であるからその取消しを求める。

被告

(請求原因に対する答弁ならびに主張)

一、請求原因中、第一項の事実は認める。

二、原告は、昭和三〇年一二月から昭和三八年三月まで福岡県久留米市に住所を有し、オートバイの販売、修理を業としていたものである。

三、原告は、昭和三五年度の所得税に関して申告期限である昭和三六年三月一五日までに被告に対して確定申告をなさなかつた。もつとも、原告は昭和三六年三月一五日、被告に対して昭和三五年度分の所得税に関して、欠損金がある旨の記載のある「所得税青色申告決算書」と題した書面を提出した。しかし、右書面は、所得税法第二六条の三、第三項に定められた青色申告書の添付書類にすぎず、また、右書面には税法上定められた各種所得のうち事業所得についての明細が記載されているのみであり、他に青色申告の対象となる不動産、山林の各所得の有無については勿論のこと、配当、給与、退職、譲渡、一時、雑等の各所得の有無については全く不明でありこれのみでは原告の総所得金額または純損失金額を確定することはできないから、右決算書の提出により原告の主張するような損失申告がなされたものと認めることはできない。よつて被告は、昭和三五年度分の所得税に関して原告の申告が無いものとして、調査により別紙(一)の第一欄記載のとおりの処分をなし、その後右処分の誤りを発見して本件更正処分をなしたものである。

四、原告の昭和三五年度における総所得金額等は、

(1) 総所得金額 一〇三、九八九円

(イ) 事業所得 一三六、一四四円

(ロ) 配当所得 五、〇〇〇円

(ハ) 譲渡損失 三七、一五五円

(イ)+(ロ)-(ハ) 一〇三、九八九円

(2) 所得控除額

基礎控除額 九〇、〇〇〇円

(3) 課税総所得金額 一三、九〇〇円(百円未満切捨て)

であり、右のうち、事業所得の明細およびその算出の根拠は別紙(二)の被告主張欄および算出根拠欄記載のとおり(そのうち、雑収入については別紙(二)の被告主張額欄記載のとおり)である。

五、(1) 所得税法第二八条および同条の二の各但書は、同法施行規則第二二条、第二六条、第二六条の二に定められているように、申告書は提出されたが、当該申告書に控除等に関する記載がない場合または申告期限後に申告書が提出された場合で、かつ、税務署長において止むを得ない事情があると認める場合に限り、適用されるものであり、申告書の提出のない本件のような場合は適用されないことは明白である。

(2) 貸倒準備金および青色専従者給与額の経費算入ならびに純損失の繰越控除はすべて申告書に記載して申告しない以上認められないものである。

六、よつて、本件更正処分は適法である。

原告

(被告の主張に対する答弁ならびに反論)

一、被告の主張中、第二項の事実は認める。

二、(青色申告書不提出について)原告が被告に対して青色申告を提出しなかつたとの事実は否認する。損失申告は法律上一定の形式を要求されていないから、原告が「青色申告決算書」の用紙を用いて損失申告書に記載すべき事項を記載して、これを損失申告書として被告に提出したものであり、所得税法に定める所に何ら欠ける点はない。

三、(総所得金額について)原告の総所得金額が金一〇万三、九八九円であるとの事実は否認する。

1 被告主張の総所得金額のうち事業所得の明細は別紙(二)の原告主張欄記載のとおり(そのうち、雑収入の明細については別紙(三)の原告主張額欄記載のとおり)である。なお、被告の主張は次の点において事実に反する。

2 経費のうち、

(1) 昭和三五年度に債務が発生して同年度内に未払分であつた、作業費、加工費、通信費、水道光熱費、消耗品費および保険料が加算されていない。

(2) 水道料、プロパンガス、市ガス、電灯料およびガス新設工事負担金の事業用と家事用との按分査定の根拠の一つであるガス風呂は原告の事業であるオートバイ修理にあたつた従業員にも使用させていたものであるにもかかわらず、これを家庭専用としている。

(3) 旅費について、原告の妻が原告とともに上京したのは、東京発動機株式会社の社長らと各販売店の経営者の妻とが会合することにより親睦の度を増し、オートバイ製作工場を見学することにより、オートバイについての理解を深め、よつて各販売店の営業を一段と向上させる目的であつたにもかかわらず、右旅費を必要経費と認めなかつた。

(4) 火災保険料について(イ)福岡県久留米市諏訪野町木造瓦葺二階建店舗住宅について火災保険に加入したのは、当時福岡相互銀行から営業上の融資を受け、その担保として提供するために必要だつたからであり、保険料の一部につき家事に関連ある居宅分として経費に算入しなかつたのは誤りである。また、(ロ)右建物について家事に関連ある居宅部分は五・五坪であるのにかかわらず、八・五坪としている。

(5) 修繕費について(イ)同じ棟続きの隣家が解体された為、今まで隣家との仕切りになつていた板と土の壁が露出し、そのまま放置すれば盗難ならびに降雨の際の吹きこみの慮れがある為これを防ぐため最少限の修繕をなしたものであるにもかかわらず、これを経費として算入しなかつた。また、(ロ)市ガス工事負担金は前記(2)のとおり従業員の厚生施設として使用されたにもかかわらず、右負担金の大半を経費として算入しなかつた。

第三、証拠

原告は、甲第一、三号証、第四号証の一ないし一〇、第五号証の一ないし九、第六号証の一ないし三一、第七号証の一ないし一二を提出し、原告本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立を認めた。被告指定代理人は、乙第一ないし第一七号証(ただし第二号証は一ないし六)を提出し、証人内田儀三郎の証言を援用し甲号各証の成立を認めた。

理由

一、請求原因第一項の事実および、原告が昭和三五年当時、福岡県久留米市に住所を有し、オートバイの販売、修理を業としていたものであることは当事者間に争いがない。

二、ところで、被告は同年度における原告の所得金額等について

事業所得金額 一三万六、一四四円

配当所得金額 五、〇〇〇円

譲渡損失 三万七、一五五円

差引所得金額 一〇万三、九八九円

であると自認する。

成立に争いない乙第一二号証によれば原告には二名の扶養親族があつたことが認められ、これを覆えすに足る証拠はない。

右被告主張の所得合計額から基礎控除額および扶養控除額を控除すれば、

総所得金額-基礎控除額-扶養控除額=

103,989円-90,000円-100,000円=-86,011円

となり、同年度において金八万六、〇一一円の損失が生じたことが認められ、原告は所得税に関して確定申告をする義務がないこととなる。

従つて、その余の事実を判断するまでもなく、被告のなした本件更正処分は、原告の所得金額を過大に認定し、かつ、確定申告の義務のないものに対して無申告加算税を賦課した違法があるから取消されるべきである。

よつて原告の請求は理由があるから、訴訟費用について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩崎光次 裁判官 越山安久 裁判官 福井欣也)

別紙(一)

〈省略〉

別紙(二)

〈省略〉

別紙(三)

雑収入

〈省略〉

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